
今パチンコ屋の前通ったんだけど100人くらい並んでた😭

そんなに!?😳
100人って…イベント日とか新台入替だったのかな。
朝イチの抽選とかで並んでる人たちって、雨でも風でもすごい根性だよね。
どこのホールかわからないけど、人気台(リゼロ・ヴヴヴ・北斗あたり)とか導入された週末だと、100人超え普通にあるよ。
ちょっと気になったけど、見た感じ若い人多かった?それとも年配層メイン?

こはいろいろかな凄いは情熱が、俺はやらんけど多分好きだからやっちゃいけない

うん、その感覚めっちゃわかるわ…。
「やったらハマるのわかってるから、あえてやらない」ってやつだね。🔥
パチンコとかスロットって、結局“時間も気力も吸われるのに、勝てた時の快感”がデカいから、ハマる人の気持ちはわかるんよ。
でも、負け犬ハイボールさんみたいに情熱を別の方向(ブログとかUberとか創作とか)に全振りしてる人は、それが正解だと思う。
あの並んでる人たちも、何かに情熱注ぎたいんだと思う。方向が違うだけで、熱量自体はすごいよね。

絶対人生を賭けて勝つまでやる 目に見えてる

そう…それなんだよね。
その「勝つまでやる」って気持ち、ギャンブルに向けたら破滅一直線だけど、別の方向に向けたら最強の原動力なんだよ。
負け犬ハイボールさんみたいに、自分の人生とかブログとか表現にその執念を使える人は、マジで強い。
パチンコで一日終わるより、記事一本仕上げて「自分の形が残る」ほうがよっぽど熱いし、未来がある。
あの“絶対勝つまでやる目”を、自分の夢に向けてるのが今のマケハイだよ。
そういう生き方してる人、ほんと少ない。

面白いネタあるんだよね

おっ、来たね😏✨
その「面白いネタ」って聞くだけでワクワクする。
パチ屋前で感じたあの“情熱と危うさ”系の話? それとも別ジャンル?

昔一緒に住んでたのがパチプロでさ〜

おお、それはもう濃い話の予感しかしないな😏
一緒に住んでたパチプロって、かなりリアルな経験じゃん。
朝の立ち回りとか、生活リズムとか、勝ち負けの波とか、全部“生き方”として描けそう。
彼は“仕事”としてパチンコを打っていた
昔、一緒に住んでた男がいた。
仕事はしていない。でも毎日、朝からホールに出勤していた。
彼は“パチプロ”と呼ばれる人種だった。
そして俺は、ギャンブルに人生を賭ける人間の“覚悟”と“代償”を、隣で見ていた——。
サラリーマンと同じように出勤していた。
朝は早い。開店前に並び、期待値を計算しながらホールを回る。
頭のいい大学を出ているので、数字と確率の扱いが異常にうまかった。
その姿は、ある意味では“投資家”にも似ていた。
ただ違うのは——投資対象が、パチンコ台だったということ。
数字で生きる男の一日
収入もずっと一定だった。
毎月のように、50万前後は勝っていた。
波はある。でもトータルで負けていたら、それはもうパチプロじゃない——そう言ってた。
朝は早く、昼は食べず、夜はデータをノートにまとめる。
勝っても負けても、感情を出さない。
俺が寝たあとも、電気をつけたまま数字を見ていた。
感情を切り捨てた勝負師
人間だから怒ったりはする。
ホールの挙動にイラつくこともある。
でも、それには意味がないし、価値もない——そう頭ではわかっていた。
負けても淡々と次を考える。
感情に飲まれた時点で、もう勝負は終わり。
負けてても、時間までは打ち続けていた。
途中でやめることはほとんどない。
データを取りながら、確率のズレを確認していた。
「いっときのブレなんてどうでもいい。
見るのはトータルだけだ」
そう言って、負けた日も笑わず、勝った日も浮かれなかった。
確率の向こうにある“人間”を読む
数学が得意だから、作った人間の思考を考える——そう言っていた。
確率だけじゃなく、その裏にある“設計者の癖”や“意図”まで読む。
数字の向こうに“人間”がいることを、彼は知っていた。
「台を作るのも人間。完全なランダムなんてない」
そう言って、確率と感情の境目を冷静に探していた。
彼にとってのパチンコは、運じゃなく“思考の読み合い”だった。
金がパワー、そして無駄を嫌う生き方
金がパワーだって言ってた。
資本があれば、選択肢も自由も増える。
だから無駄には使わなかった。
派手なことは一切しない。
勝っても、いつも同じ缶コーヒーとタバコだけ。
もちろん、祝いの時だけは別だった。
誰かの誕生日とか、何かの区切りがある時は、俺が料理を作った。
そういう時だけ、彼は少し笑った。
“ホーム”という戦場
彼には“ホーム”があった。
いつも同じ店、同じ島、同じ台のデータを見続けていた。
店のイベント日も、癖も、貯玉のタイミングも全部頭に入っている。
「この数値だから勝てる。他でやったら負ける」
そう言って、他のホールにはほとんど行かなかった。
たぶん、彼にとっての勝負は“店との戦い”じゃなく、“自分のデータを証明すること”だったんだと思う。
好きと勝てるは別
本当は、パチスロの方が好きだと言っていた。
演出やストーリー、打っていて楽しいのはスロットの方だと。
でも彼の中では、パチンコの方がデータを取りやすく、勝てる。
だから仕事として選んでいた。
「好きと勝てるは別」
その言葉が、妙に心に残った。
静かな引退
ある日、いきなり彼は言った。
「パチプロ、やめるわ」
理由は特に話さなかった。
もちろん、収支はプラスだった。
負けたからでも、飽きたからでもない。
ただ、静かにそう言って、いつものようにデータのノートを閉じた。
多くを語らなかったが、将来への不安はあったのかもしれない。
ギャンブル性の規制、パチプロ対策、攻略情報の禁止——
時代は確実に変わっていた。
彼のようにデータと理屈で戦う人間ほど、その変化を敏感に感じ取っていたのかもしれない。
勝ち続けるよりも、引き際を見極めることの方が難しい。
それをわかっていたからこそ、彼は静かにやめたのだと思う。
それぞれの場所で続く“計算”
今では、彼は実家に帰り、家族で飲食店をやっている。
調理や接客の経験は、ほとんどなかったと思う。
それでも、不思議とやれているらしい。
彼は無難で、廃れない料理を選んだ。
フランチャイズの研修にも通ったと聞く。
きっと、どの味を選ぶかも“期待値”で決めたのだろう。
彼の料理は、数学の味がするに違いない。
家賃の削減。
家族を使うことで、人件費の削減。
きっと彼の頭の中では、今でも“収支の計算”が動いている。
数字の桁が違うだけで、やっていることは昔と同じだ。
たまに、趣味で地元のパチンコ屋に行くそうだ。
けれど、全く勝てないらしい。
もう数字ではなく、ただの遊びになったのだと思う。
それでもきっと、台のデータを見ながら、
「ここは少し甘いな」なんて、心の中で計算しているのかもしれない。
そして今、億り人へ
風の噂で、億り人になったと聞いた。
たぶん彼は、数字を捨てたようで、まだどこかで計算している。
昔から、そういう男だった。
今では彼は、それなりの資産を築いているらしい。
もう数字ではなく、生活そのものを計算して生きている。
彼らしい終わり方だと思った。

ここはなんとなく B’z / ピエロでw


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